記事一覧

城里町集会

水戸のお隣、城里町で集会を開催しました。(当日の模様は写真館のコーナーをご覧下さい。)

地元旧常北町石塚出身の大畠章宏衆議院議員をお招きして、金長義郎町長も交えて、城里町の昔と今、どうやったら城里町のような中山間地域の活性化ができるのかなどをテーマに対談を行いました。

実は農学部農業経済学科出身の私は、経産省時代もバイオ課時代などにずっと農業政策を勉強しておりましたので、「農業を生業として生活できなければ、地域経済は成り立たない」ということで、農業政策を中心にお話をさせていただきました。会場からはこちらがタジタジとなるような、政権交代を求める熱い意見が続出し、会を終えようとしてもなかなか終わりにできないほどでした。

これまでの茨城の政治は、選挙前に候補者がペコペコし、選挙後には政治家が「先生」と呼ばれて大威張りで行事を闊歩することが多いように感じます。でも、肝心の政策をめぐって有権者と対話する機会があまりありません。地域がこれだけ荒廃し、将来への不安が広がっている今、そうした中で総理の突然の辞任など政治が何も解決に向けた道筋を示せない今、如何に多くの方が直接政治に対して物申したいと思っているのかということを、あらためて実感いたしました。

選挙風がやにわ吹き始めた今、こうした機会をすこしでも多く設けたいと思っております。なかなかきめ細かなご案内はできないかもしれませんが、皆様のお近くで集会を開催する際には、ぜひともいらしてみてください。また、数人からの人を集めていただけましたら、どこにでも対話にお伺いいたしますので、事務所までお気軽にお問い合わせ下さい。

福田総理の辞任

県西地区のあいさつ回りの帰りに福田総理辞任のニュースが飛び込んできました。二代続けての総理の突然の辞任。「無責任」という声が多いようですが、そもそも、参院選で一度民意が示されたにもかかわらず、小泉内閣の郵政解散時の衆議院の議席で政権を維持していることがおかしいのです。

今日も50年続けてきた豆腐屋さんを無念の思い出辞めざるを得ない方や、小さなガソリンスタンドを経営している方などから悲痛な訴えを聞いてまいりました。このままの政治が続くのであれば、国民は政治を見捨ててしまうことでしょう。国民に政治が見捨てられた国は、自分の国の行く末を自分たちで決められない「国の死」を意味します。微かなものであっても政治への希望を取り戻すために、一刻も早い解散総選挙で国民の判断を問うことを求めたいと思います。

いよいよ年内解散が見えてまいりました。大きな時代の変わり目に選挙戦を戦うことができる幸せを肝に銘じながら、必死に歩き回り、訴え続けてまいります。

アフガンの大地で

アフガニスタンで復興支援活動を行っていた日本のNGOの伊藤さんが殺害されました。「アフガンの土になるとも」と荒廃したアフガニスタンの復興を志して現地に溶け込み、完全に信頼を得ていた一人の若い日本人が存在したことを誇りに思うとともに、最悪の結果となってしまったことを残念に思います。心より哀悼の意を表します。

私も、新聞記者の弟がエジプトに駐在して取材のために中東の紛争地をうろついていたり、父がまもなくJICAのシニアボランティアとして治安の悪い南米の国に赴任するため、他人事のようには思えません。

「テロとの戦い」とは言うものの、テロは単なる怨恨や金目当ての殺人とは異なり、背景にある思想や信仰、価値観の違いが引き起こすものだと思います。領土や国益をめぐる国と国との戦争とも異なります。一体、何を敵として、何を滅ぼすためにやっている戦いなのか、特定の国の価値を「正義」として、相手の思想や信仰、価値観までを滅ぼそうとするのであれば、「テロとの戦い」は永遠に決着することはないでしょう。

伊藤さんの活動は、そうした「テロとの戦い」とはまったく別の次元のものでありました。安っぽい「正義」や薄っぺらい「安全保障論」に惑わされることなく、米国がアフガンで行っていること、イラクで行っていることの意味は一体何なのか、をしっかりと見極め、日本が本当に戦う相手、貢献できる役割は何なのかを考えなければなりません。伊藤さんの死がそうした根本的なものを考えるきっかけとなるのであれば、伊藤さんの志したアフガンの真の復興の大きな力となるのではないでしょうか

ご冥福をお祈りいたします。

夏祭り

今年の夏休みの最後は大雨が降ったり、寒くなったり、暑さが戻ったり。本当に変なお天気です。

週末は各地で夏祭りがあって顔を出しております。子供がいっぱいいてグランドを駆け回っている学区、テントの奥でお父様・おじいさま方が酒を酌み交わして盛り上がっている学区、同じ市内の学区のお祭りでもそれぞれの地域の「匂い」というものが出ます。「今度は頑張れよ」などという声をかけていただくと、元気になってきます。

私が通っていた中学校は学区と関係なくあちこちから生徒が来てましたから、水戸市内のそれぞれの学区では、同級生とか同級生の親御さんとか見知った方に久々にお目にかかることができます。♪君がいた夏は遠い夢の中~ というパチンコのCMで流れている『夏祭り』の歌ではありませんが、夏の終わりの夕暮れ時というのは、なんだかちょっと胸がキュンとなるような思いがよみがえってまいります。

でもいよいよ選挙風が吹き始めたこのごろ、感傷にひたることなく、歩いて、歩いて、歩かなくっちゃ。

夏の終わり

あわただしかったお盆も過ぎ、田んぼの稲はひと雨ごとに大きく膨らんでいきます。高校生の頃までは、夏の甲子園が終わって、灼熱の太陽に光の下に一陣の涼しい風を感じると、「もう夏が終わっちゃうのか」と妙に寂しい思いをしたものですが、大人になった今は、自転車を漕ぎながら稲穂が波打つ田んぼを眺めていると、「あー日本人に生まれてよかった」と実感をいたします。

県西地域の農家の庭や門前には、戦没者を慰霊する立派な石碑が立っているところが多くあります。座敷に上がらせていただくと、軍服を着た遺影を飾ってある家も多くあります。一軒一軒地域を回っていると、先の大戦でいかに多くのお宅から兵士を送り出し、悲しい思いをされたのか、ということを改めて実感いたしました。出征先で命を落とされた方が、どんなにこの故郷の美しい田んぼの姿を見たかっただろうか、ということに思いを馳せたとき、お年寄りばかりで活気のない今の農村のあり様がこんなことでよいのか、ということを深く考えさせられます。

臨時国会の開会時期を巡って政局がめまぐるしく動いておりますが、目先の政治騒動を横目に眺めながら、一体今何を守らなければならないのか、政治を志す根本を再確認しております。

先輩の死

通産省の先輩が若くして亡くなった。沖縄の海での不慮の死だった。

先輩は、衆議院選挙を2回、知事選を1回戦って負けた。
能力も志も、今の日本の苦境には必要な方だった。もし政治家になっていたら、かならず国のために力になっている方だった。
ただ、私利私欲がなく、自分の表現が必ずしも上手くなかったからか、選挙には恵まれなかった。
選挙にさえ出なければ、順調に出世の階段を登られ、これまた私の先輩でもある奥様やご家族ときっと幸せな人生を送られてことだろう。

民主主義は残酷だと思う。
選挙が上手い人が、政治家として有能な人とは限らない。でも、選挙に成功しなければ、政治の表舞台にすら立てない。国にとって必要な人材が、今も大勢日本の各地で埋もれている。

私が20代の頃、若気の至りで天下国家を語り合った同志たちが、今全国で厳しい選挙を戦っている。選挙は命懸けだ。家族も犠牲にする。でも、その思いを、選挙区の隅々にまで伝えるのは、難しい。

深夜独りで酒を飲みながら、いろいろなことを考えた。
でも、やっぱり私自身の厳しい選挙戦を勝ち抜かなければ、私の思いも、同士たちの思いも何も成就しない。
さあ、明日からも自転車に跨って、訴えていかなきゃ。

ご冥福をお祈りいたします。

猛暑の一日

今日も県西地区の挨拶回り。

自転車に乗って1軒1軒回っていると、みるみる汗が吹き出てきます。暑くて意識が朦朧としてきたころに、「冷たいものでも飲んでげよ」と声をかけていただきます。土間に腰掛けて世間話をしながら麦茶などをいただいていると、体力も回復してきて、「さあ頑張らなきゃ」と再び照りつける太陽の下にペダルを漕ぎ出します。

午後は「はらんきょうの会」による朗読劇「あの夏の日の記憶」を聞きに行きました。1945年の広島・長崎の記憶を伝えようと、小学生から大人までの市民がボランティアで準備し、公演しています。スライドと朗読だけのシンプルな劇だけに、逆に心を打つものがありました。

政治の最大の失敗が戦争。食料やエネルギーの需給が逼迫するなかで、数十年のうちに日本が戦争に巻き込まれないとも限りません。政治家を志す者として、単に「戦争反対!」とお題目を唱えるだけの薄っぺらな「反戦」ではなく、戦争をせざるを得ないような状況にならないように、言論による戦いを真剣に行い、決断を積み重ねていくような政治を実現しなければならないと心に刻みました。

東奔西走

茨城1区という選挙区は水戸から那珂川を遡って御前山まで、水戸線沿線を西に行って下館、さらには下妻までと細長い選挙区です。この時期は地域のお祭りや労組の大会などが数多く開かれるため、まさに東奔西走の毎日。スケジュール調整に苦心しながら、水戸と県西の間を行ったり来たりしております。

2回の選挙で確実に支援いただける方が増えたからか、どこに行っても何人かの知り合いにお声掛けいただき、また温かく迎えてもらえます。候補者冥利に尽きます。

最近は北関東自動車道が開通して、水戸から下館までは1時間で到着しますが、15分走って片道1,000円の料金は馬鹿になりません。時給に換算すると4,000円。高給取りと同じです。それに加えて相変わらずのガソリン高。これでは運送業者は高速道路を使えません。結局下の国道50号は相変わらずの車の量です。

1リットルのガソリン代のうち50円は税金なのですから、この分は原油高云々と人のせいしなくても安くすることができます。「25円の暫定税率を「暫定的に」なくして、ガソリン急騰に対応しよう。その分、1,2年は道路の整備をちょっとだけ我慢しよう」と言ったら、本当に困る人はどれくらい大勢いるのでしょうか?

現場感覚では当たり前のことを、当たり前に決断できる政治。日本人が忘れてしまっている政治のダイナミズムを取り戻すために、戦ってまいります。

高校野球観戦

先輩に誘われて、盛夏を思わせる日差しの中、母校水戸一高の高校野球の応援に行ってまいりました。昨年の準優勝高でシードの常磐大高校との対戦ということで、負け試合を見るのが大嫌いな私は、当初あまり乗り気ではなかったのですが、なぜか朝起きてみると勝ちそうな気がして、笠間の辻立ちが終わった後に球場に駆けつけました。ちなみに後援会の代表幹事は常磐大高校のPTA幹部ということで、いつもは同じチームでも、今日は敵味方に分かれての観戦です。

結果は9対2で見事なコールド勝ち。私の頃は、強豪校と比べると体格が小さくてなかなか打てなかったものですが、今のチームは体格もよく、ガンガン打ちまくります。高校生の頃に戻って、興奮しながら応援してしまいました。強い相手を打ち負かす後輩たちに大いなる勇気をもらいました。

スタンドには地元でお世話になっている先輩方の顔が多く見受けられました。何よりも中学校のときから一緒に電車通学して可愛がってもらっていた先輩に二十数年ぶりにお会いできて、びっくりしました。おたがいそのときからかなり太った体つきを笑いあいながら、嬉しい気持ちになりました。昔のことを思い出して、甘酸っぱいとも、ほろ苦いとも何とも言えない気持ちになって、球場を後にするハンドルを握りました。

筑西集会

12日、筑西市に鳩山幹事長をお招きして対話集会を開催いたしました。これまでほとんど県西地区に存在感がなかった民主党。いよいよ県西地区にも二大政党の流れを、という思いで大勢の方に呼びかけていただき、会場にあふれるほどの方にいらしていただきました。30度を超える猛烈な暑さの中、足をお運びいただきました方に心からお礼を申し上げたいと思います。当日の模様は、近日中にホームページにてご紹介いたします。

筑西市の中心の下館は、かつては県西地区はおろか栃木県も含む政治・経済の中心地で、鉄道の十字路となっている地理的条件も加わって、大勢の人やモノが集積していました。「下館商人」の名前は全国にとどろき、豪商たちが板谷波山をはじめとする芸術家や文化を育んできたのです。

ところが、現在は筑西市は巨額の財政赤字に苦しみ、街中からは人通りが消え、市民病院は存続の危機にさらされ、経済はどん底とも言ってよいような状態になってしまいました。県西地区の住民の多くは、仕事をするのも、買い物をするのも、病院に通うのも県境を越えて栃木県に行ってしまいます。

県境をはさんでこれだけ大きな格差が生まれてしまった。まさに政治のせいである、ということを、私は対話集会で強く訴えさせていただきました。政治の世界に競争がなく、権威と利権による馴れ合いの政治を続けてきた結果が、今の筑西市を生んでしまったのです。多くの住民の皆さんが、なんとかそういう県西地区の政治風土を変えようと立ち上がりつつあります。私も、先頭に立って頑張らなければなりません。県西地区の政治を変える新しい流れに、ぜひ加わってください。

ページ移動