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突風・降雹被害対策本部開催

 連休最終日の5月6日に東日本大震災の復興途上の茨城県・栃木県で竜巻や突風が発生いたしました。私の地元でも筑西市小栗・蓬田地区、常陸大宮市野田地区などの地域で大きな被害が出ました。現在、事務所の総力を挙げての現状把握、要望徴収に当たらせていただいております。被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

 この被害を受けて、本日民主党茨城県連・栃木県連合同での突風・降雹被害対策本部を開催いたしました。これは与党民主党としての災害対策の意思決定を行う組織です。私もこの対策本部の事務局長として、議事の運営や関係省庁との調整にあたらせていただきました。本件は、災害対応は内閣府、予報関係は気象庁、交通インフラ関係は国土交通省、農業関係被害は農林水産省、商店街や中小企業関連被害は経済産業省、福祉施設の復旧や被災者支援は厚生労働省、瓦礫処理は環境省と複数の省庁にまたがります。政治的なハイレベルの調整ができる政府対策本部を早急に設置することを政府に要望することを党対策本部で要望することをとりまとめました。

 さらに、筑西の小玉スイカなどの施設園芸が壊滅的な打撃を受けました。つくば市の北条地区では商店街も大きな被災を受けております。栃木県の益子では伝統工芸の益子焼の窯元も被災しているとのことです。こうした被害は、面的広さは違うものの東北の津波にも匹敵するものですから、予備費の活用などを通じて東日本大震災と同等の支援措置を講じることも要望することをとりまとめました。

 私は、単に被災地を視察するだけの政治家ではなく、政府を動かし、実質的な支援措置を実現できるよう行動する政治家として働いてまいる所存です。

TPPと中韓FTA

 連休明けからは、私も役員に名を連ねている党の経済連携PTで日本の経済連携戦略が精力的に議論されることになります。これまで私は何度も同PTの役員会において、TPPに参加するか否かの二者択一の議論ばかりをしている間に、国際的な情勢は大きく変化しており、「アジア諸国との戦略的な経済連携を進める」という本質的な議論をしていないのは問題ではないか、TPP一辺倒の議論の間に失っているものが多いのではないか、という問題提起をさせていただき、それに応えて行われるものです。

 政府が主張するTPP参加の根拠は、
1.米国を含むアジア太平洋の成長を取り込む。
2.TPPがアジア太平洋地域の貿易・投資の基本ルールになっていく可能性があるので、それに積極的に参画する。
というもので、このように書くといかにももっともらしく聞こえます。日本の貿易の相手国の比率は、1990年には米国が27.4%、一方の中国がわずか3.5%だったのに対して、2012年には米国が11.8%まで下落し、中国が20.5%に上昇するなど完全に逆転しております。日本にとって貿易の過半がアジアに対するものとなっているのですから、アジアとの経済連携の強化は確かに必要です。

 しかし、国際政治の実態というものはそんなに甘いものではありません。アジアの成長は中国や韓国も取り込みたいわけであり、いかなる枠組みを使ってアジアの成長を取り込むかで各国がしのぎを削っているのです。とりわけ日本が戦略的に取り込まなければならないのは中国です。領土問題等を巡ってはこの国とは緊張関係がありますが、一方ではしっかりと稼がせてもらわなければならない相手国です。直してもらわなければならない不透明で非合理的なルールも一杯あります。TPPに加盟するよりも日中FTAの方が経済効果は大きいという試算もあります。

 こうしたことは、実はTPPの議論が始まった2年前にもさまざまな関係者と論議をさせていただきました。推進論者の論拠は、「日本だけだと中国やアジア諸国と対峙できないのでアメリカとともに中国を封じ込めたい」とか「今アジアで動いている枠組みはTPPだけだからそれに乗っかりたい」というものでした。「他の貿易交渉が止まっている中で、私たちの仕事がなくなってしまうのでまずはTPP交渉に参加させて下さい」と情けないことを叫ぶ官僚もいました。ましてやTPP推進の応援団である経済界や大マスコミは「バスに乗り遅れるな」とか「アジア太平洋の成長を取り込め」という抽象的なスローガンばかりで、いったいTPP交渉を通じて具体的にどのような成果を得たいのかについて、ほとんど答えられない状況でした。

 私はそれらの議論を聞いて、TPPに対して慎重な立場に立とうと確信をしました。アジアの国である日本が果たしてなぜアメリカと一緒じゃなければアジアの国と交渉できないのか、そもそもなぜアジアの貿易・投資交渉の土俵を日本自身が設定することができないのか、あまりにも受動的で、非戦略的なやり方に危惧を覚えたからです。例えてみれば、村のルールを決める会合に、他所から弁護士を連れてくるような態度の村人に、他の村人はどのような感情を抱くのか、ということです。その後の情報収集を通じて、TPPというものは、すべての品目をいずれ関税をゼロにすることを前提として交渉のテーブルに載せなければならない極めて交渉しづらい特殊な貿易ルールであり、自動車や保険などで事前に米国から無理難題を突きつけられるなど入場料も払わなければならないものであることが明らかになってきました。こうしたデメリットに対して、依然なぜTPPが必要なのかという(抽象的スローガンではない)具体的な根拠というのはほとんど提示されていません。

 今回、日中韓FTA交渉の準備をしていたにもかかわらず、日本を外した形で中韓FTA交渉が始まるという報道を受けて、私の危惧はまさに当たりそうだと暗澹たる気持ちになりました。TPPを背負っている日本はなるべく外しておこうというのが中国と韓国の共通点かもしれません。中国や韓国が近いうちにTPP交渉に参加する可能性は低いでしょう。仮に参加するとしても、自らが中心となるASEAN等のアジアとの枠組みを作った上で、TPPの根幹を変更させるような米国とのタフな交渉をするつもりでしょう。政府がライバル視している積極的な韓国に対して、あまりにも日本の姿勢は人のふんどしで相撲をとるような受動的なものすぎます。

 霞ヶ関の官僚たちはみなさん優秀でよくはたらきますが、受験戦争に勝ちあがってきた秀才というものは、与えられた問題は器用に解くけれど、自ら問題を設定するのは苦手であるという傾向があります。かつて私の中・高・大学の先輩でもある立花隆は「東大生は湯呑みである」と例え話をしました。つまりそのものではただの器という形状でしかないものであり、お湯を注がれなければ役割を果たさない、という意味です。私は、優秀な官僚のそうした特質を悪いと否定するつもりはありません。誰かが器に注ぐお湯の役割を果たせばいいのです。そのお湯の役割を果たすのが政治家なのではないでしょうか。民主党政権、自民党政権を問わず、今までその役割を果たすべき政治家が外交の基本的方針、戦略を示してこなかったことが、TPP交渉参加問題に見られる受動的で、戦略性なき外交につながり、今まさにその実害を我が国は受けようとしているのです。

 日本がアジアの二等国に転落しないためにも、相当な覚悟を持って真剣な議論を経済連携PTで行っていかなければなりません。マスコミはまたぞろ「小沢グループの抵抗」とか「農水族の抵抗」などと政局問題に矮小化して報道するでしょうが、今こそ政治の本質が問われています。私自身も、日々真剣勝負の議論を行い、それなりの成果をまとめるために尽力して参ります。

郵政民営化見直し法衆議院通過!

 政権交代以来の懸案だった郵政民営化見直しのための法案が衆議院を通過した。私は、橋本政権の行政改革において郵政公社を設立した時からの関わりであるので、郵政問題との関わりは意外と長い。TPPや消費税増税の議論と同様に、マスコミは「賛成=改革派」、「反対=守旧派」というレッテルを、何ら政策論の背景もなく貼りがちだが、問題はそう単純ではない。私は、郵政三事業が公務員によって行われる必然性はないと思っている。そういう意味では「民営化」論者だ。しかし、民間人が行うからといって公益性がなくていいわけではない。民間企業としての効率的な経営を行いながらも、公益的価値の実現も両立させなければならないのだ。郵政事業が果たすべき公益性とは何か。いくつかあるうちのその一つは、全国あまねく山間地であろうが、離島であろうが、年金を受け取れたり、仕送りをできたりという金融サービスを提供することにある。
 残念ながら小泉政権での郵政民営化は、郵便、郵貯、簡保をバラバラにして垣根を作ってしまい、このような公益性を郵便局ネットワークが発揮しづらい制度にしてしまった。国鉄はJRになってサービスが向上したと実感する国民が多いであろうが、郵便局はその逆の思いを持っている国民が多いのではないか。そうした意味では、小泉政権の郵政民営化は失敗であった。これを修正する方向に再編する郵政民営化法改正法案は、中身において不十分なところはいくつもあるが、公益性を果たす郵便局の再生へ一歩踏み出したということでは意義のあるものであると考える。
 改めて繰り返すが、TPPでも、消費税増税でも、原発再稼働でも、とかく日本の政治やそれを取り巻くメディアは、物事を善悪二元論に単純化し、本質的なものを議論せず、大衆の熱狂のうちに乱暴に決定することを良しとしがちである。私は、政策のプロとして、本質論に基づく冷静な政策論議と、それを通すための熱い行動を行ってまいりたい。

深夜の強行決着

 昨日の深夜(と言うより今日の未明)消費税増税に関する法案の法案審査が怒号と混乱のうちに強行してなされました。10人以上の議員が発言を求める中で、前原政調会長が一任取り付けを提案し、司会の岸本議員が強引に会議を閉じてしまいました。その後、マイクの電源は切られ、執行部の退室をめぐって閉会を認めない議員が揉み合い、怒号が飛び交う乱闘まがいの状況となりました。「一体この党の意思決定はどうなっているのか」と本当に情けない思いで、涙が出そうになりました。

 私の消費税に対する姿勢は3月15日付のブログ・メルマガに書いたとおり「前政権が作った基礎年金の国庫負担をはじめとする社会保障制度の財源の穴を埋めるために、若干の増税はやむを得ないものの、経済状況を見て慎重にタイミングを考えなければならない」というものです。財務省は何が何でも増税を実施することを狙ってきますからそうさせないように、増税時の低所得者等への配慮、景気の慎重な見極めなどの法的担保を法律に盛り込むことを目標として今回の法案事前審査に臨みました。

 会議は非公開で行われましたので、メディアは小沢グループが増税反対で騒いでいるというような政局的な報道を行いましたが、実態はまったく違います。一部には議論の遅延を狙って発言をする人もいないわけではありませんでしたが、8日間毎回深夜12時近くまで、時には日付をまたいで続けられた論議は、多くは経済政策論、社会保障論などのしっかりとした理論に裏打ちされた濃密なものでした。私のような役人出身の立法が得意な議員、金融機関出身のマーケット感覚のある議員、エコノミスト出身の経済理論に通じた議員、医療現場出身の社会保障制度に通じた議員など、それぞれの分野で一流であった議員たちが繰り広げる議論は、「さすが」と思わせるおそらく我が国では最高レベルの質の議論で、ぜひ皆さんにも聞いてもらいたかったくらいです。

 私は、単に消費税増税だけをやりたいスケベ心がミエミエの政府の案文に対して、そもそもの法律の題名を「消費税法等の一部を改正する法律案」から「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律案」に変えさせました。それにともなって、法律の目的も単に消費税を上げるだけではなく、社会保障制度の充実と一体となって行うものであることを明確にさせました。さらに、原案では附則といういわば法律の「おまけ」のところにたったの数行あっさりと書いてあった消費税増税の負担軽減のための措置を、本則にすべて具体的に列挙させることにしました。その中には、国税庁と社会保険事務所を統合する歳入庁の設置や低所得者向けの負担軽減措置、内税・外税の税額表示方法の見直しなど、さまさまな項目が挙げられております。つまり、昨日までは前原政調会長の巧みな手綱さばきの下で、政治家同士の議論を繰り広げることによって、まさに政治主導で政府の法律案が構造からよりよいものへと修正されていたのです。

 ところが最終日の昨日は、一番大きなテーマである不況の時に消費税増税をストップする条項をどう入れるか、という議論で紛糾したのでした。これは、増税したい人から見れば、なるべく経済状況で消費増税の時期が左右されないような骨抜きの条文を求めますし、経済状況を優先する人からは景気低迷時には消費増税が止まることを明確に担保する条文を求めます。私は、後者の立場から、「経済状況の好転」というものが人によって認識が異なるという混乱を避けるため、数値的な目標を設定することを求め、最終日に前原政調会長が提示した案文には、そのように修正されていました。しかしこれだけでは不十分なので、景気悪化時には消費税増税をストップするということを明確にするため、「停止を含め必要な措置を講じる」という案文を「停止を行う」という条文に修正する提案を用意していたところでした。これなら、多くの慎重派の議員も納得したはずです。あと2時間議論していたら、大勢はまとまる予定だったのに、これまでの上質な議論の積み重ねをひっくり返して、強引に会議を閉じたことは残念でなりません。

 一部には党内の反主流派を疎んじる勢力もあるとも言われております。自民党と大連立したいと思っている主流派もいるのかもしれません。そうした思惑で、あえて波乱の閉じ方をしたとは思いたくありませんが、いずれにせよこのような取りまとめは今後の政局に大きな波風を立てることになったことは確かです。私は、政治家である以上一つ一つの政策を信念を持って実現するために尽力するとともに、政界再編含みの大政局に逃げることなく信念を持って立ち向かってまいる所存です。

 それにしても、先々週から毎日深夜1時、2時までの大激論。朝は毎日8時から会議。政治家というのは本当に体力勝負です。

消費税増税法案の党内審議はじまる

 昨晩から野田総理が政治生命を賭けて進める消費税増税法案の党内審議が始まりました。あの熱い年末の議論の再来です。年末の議論では、
1.消費税増税前に公務員の人件費削減を実施すること
2.消費増増税前に国会議員の定数削減を実現すること
3.消費税増税に当たっては経済状況に配慮し、状況によっては増税を中止すること
4.与野党協議を踏まえて法案を提出すること
を条件とすることで、全会一致で拍手でもって税制抜本改革の骨子を了承いたしました。その後、2については実現したものの、今回の法案審議は1、4の状況を満たさないまま行うものであり、3についても現在の条文案では十分な反映がなされていません。

 私は、とりわけ基礎年金の国庫負担(年金給付金を税金で補う部分)の割合を麻生政権において三分の一から二分の一に引き上げたものの、その財源の手当てをしなかったことなどから、現行の社会保障制度でも足らざる部分に関する消費税の引き上げはやむを得ないものと考えます。しかし、これは景気を冷やさないことが大前提です。一番大事なのは上記の3が如何に担保されるかなのです。かつて、橋本政権の時、私は通産省の大臣官房で政権を裏支えするチームにおりましたが、省庁再編で大蔵省から金融部門を切り離す代わりに、大蔵省の顔を立てる意味でも消費税を2%上げることを強行したことがありました。その結果、円高不況から立ち直りかけていた日本経済の消費の低迷を招き、アジア通貨危機と相俟って経済に大きな冷や水を浴びせたことを思い出します。結局、その時の消費税増税後は景気の低迷が長引くこととなり、1997年の消費税増税前の税収を上回る税収を上げることは、今日に至るまでありません。

 よく「日本が第二のギリシャにならないためにも消費税増税が必要」という俗論がマスコミなどを通じて流れます。TPPのときの「日本がアジアから取り残される。バスに乗り遅れるな」という情緒的スローガンと同様です。しかし、橋本政権の示す事実は、増税した結果景気が低迷して税収が一貫して減っているということですから、これはまったくの論理性のないデマだということがご理解いただけると思います。政府はいたずらに危機を煽って増税に対する理解を得ようとしておりますが、経済が低迷して税を払える人が減ってしまっては、財政再建もありえないのです。

 私の周りでは大震災後、倒産して行方が分からなくなってしまったり、自己破産をしてしまったりした人が何人もおります。現下の経済状況は予断が許さない状況なのです。そうした中の消費税増税だからこそ、財務省の理屈に騙されることないよう、地に足の着けた議論を党内で行ってまいりたいと思っております。これから数日間、熱い夜が続きそうです。

東日本大震災から1年

 東日本大震災からちょうど1年が経ちました。昨年の今頃は電気も水道もない、寒い、暗い夜中でした。余震に怯えながら、家族3人身を寄せ合って車の中で暖房をつけて、やたらにきれいな星空を眺めていたことを思い出します。今日の同じ時間の水戸は、昨年よりも暖かく、春到来を告げる雷の中、通り雨が降りました。このたびの大震災で無念の死を遂げた方々やその遺族の皆様に衷心より哀悼の意を表するとともに、今なお避難所や原発事故の被害に苦しんでいらっしゃる多くの方々にお見舞いを申し上げます。

 大震災の当日から、事務所のスタッフ総出で選挙区内の役所や避難所、医療機関などを回り、状況や要望の把握に向けて走り回りました。大震災の3日後には、バスや電車を乗り継いで大回りをしながら、被災地の議員としては真っ先に上京し、被災地の状況をつぶさに伝え、とにかく食料、水、ガソリン、灯油などを迅速に計画的に回さなければパニックが広がるということを必死に訴えたことを記憶しています。それからは、必要物資の配送の手配、緊急の復旧工事の要請など、一段落してからは北茨城やいわき方面へのボランティアへの協力と、今日が何曜日かわからないくらい目まぐるしく動き回りました。国会が再開後は、特に原子力災害対策のワーキングチームの事務局長として、風評被害対策に取り組みました。3次補正予算や2012年度予算編成に当たっては、茨城県が被災地と認識されない中で「茨城を忘れないで」というタイトルの要望書を持って、知事をはじめとする茨城県関係者とともに、関係部署を何度も回ってまいりました。今日振り返ってみると、あまりにも多くのことがあって、この1年はずいぶん長い時間を過ごしたような思いになります。

 まだまだ津波の被害を受けた地域や原子力災害が直撃した地域は、大きな困難を抱えた状況にありますが、おかげさまで地元茨城は復興に向けて前を向いたた歩みを進められる状況になってきたのではないでしょうか。9日の金曜日にも水戸市の駅前から上市の商店街が、商業集積区域としての復興特区に認定され、新規に開業したり雇用を生んだりする事業者の皆さんに、これまでにない税制上の優遇措置が講じられることになります。東北の被災地も含めて商業集積での特区認定の事例がないため、一時は財務省などから認定に消極的な指摘がなされていましたが、水戸で雇用を生む産業は商業・サービス業が中心であることや津波とは異なる地震の被害の状況を、私自身も何度も役所とやりとりをして訴え、何とか認定をいただくことができました。震災前から空洞化が進んでいた中心市街地が、この特区認定を契機に、新たなにぎわいの地区として再生されることを期待しております。

 私も今日を一区切りとして、大震災だけでなく、さまざまな困難に直面している祖国の再生に向けて、できることはなんでも取り組んでまいる所存です。何にもまして、今のような政治の状況が、復興の足手纏いになってしまっていることをしっかりと受け止め、議席をいただいている身として、政治の刷新に向けて、もがいてみようと思っております。

福島原発事故独立検証委員会報告書

 私が長年親交をさせていただいている元朝日新聞主筆の船橋洋一さんが作られたシンクタンク・日本再建イニシアティブが、福島原発事故独立検証委員会といういわゆる「民間事故調」を設立し、このほど報告書をとりまとめた。昨年の福島第一原発での事故対応に携わった人を中心に膨大なヒアリングを行い、その生々しいやりとりの一端を紹介するとともに、対応の適否を冷静に分析している。私もJCO事故の対応経験者、原子力災害対策特別措置法の立法関係者、原子力安全保安院の立ち上げに関わった人間として、何度かヒアリングに応じてきた。

 当初この検証委員会は、政府に何ら危機管理の備えができていない中で、菅総理をはじめとする官邸がパニックを起こして、数々の問題ある対応をしてしまったという仮説を立てていたようだ。それに対して私は、JCO事故の反省を踏まえて作られた原子力災害対策特別措置法の立法の精神、それに基づく詳細なマニュアルの存在、防災訓練をはじめとする新しい原子力防災政策があったにもかかわらず10年間で風化してしまったこと、などを詳細に説明し、政府に危機管理対策がなかったのではなくて、すでにある道具を活用できなかった、あるいは道具があるにもかかわらず錆びついてしまっていた、というような認識を示した。このような意見を反映して、報告書は以下のようにとりまとめている。

「官邸の中枢スタッフの一人が今回の対応を「場当たり的」と述べたように、官邸の政治家らは国の原子力災害対策の基本的枠組み、すなわちオンサイトのアクシデント・マネジメントに関する原子力事業者と国の協力のあり方や、政府内における関係省庁間の具体的役割分担について、基本的な認識を欠いたまま泥縄的な対応に追われていた。仮に原子力災害対策マニュアルの想定がそもそも十分ではなかったとしても、基本的な制度認識なくしては想定外の事態に対する適切な臨機応変の対応を期待することは困難である。頻繁に閣僚や政権が交代する中で、危機発生時に危機管理の中枢に関わる政治家らに対して、基本的な制度設計や対策マニュアルを如何に周知するか、前提となる教育や訓練のあり方や危機発生時のアドバイス体制などにつき、早急に見直し強化する必要がある。」

 私は10年前に自分の故郷で起きたJCO事故に衝撃を受け、その後の原子力防災体制作りのために米国のNRCの事例などを研究し、その時点では世界に恥じることのない原子力防災体制の構築に向けたスタートを切るだけの仕事をしてきたつもりだ。たとえば、政府がやる防災訓練は形式的なものになりがちなので、シナリオをあらかじめ提示しないでそれぞれのポジションの人がどのような動作を行うのかを確認する実戦的訓練をするための予算をとったりした。しかしこの予算は事業仕分けの対象となり、「仕分け人」だった私がその評価を行わなければならないという皮肉なものとなっていた。そのような実戦的防災訓練の予算は、文部科学省の外郭団体の飯のタネに堕してしまっていたのだ。

 政府は原子力規制体制の抜本的見直し策として、経済産業省にある原子力安全・保安院を環境省に移管する法案を国会に提出している。私は、これまでの党内の議論において、問題の本質はどこに規制担当組織があるのかではなく、これまでのように役所内の人事異動でたまたま配属された官僚が責任感もなく仕事をやるような仕組みではなくて、専門家が科学的知見から責任を持って判断をするような安全文化の転換を行うべきであり、そのために「三条委員会」という政治や政策官庁から独立した組織とすべきことを訴えてきた。キャリア官僚の影響が小さくなる規制組織を作ることを懸念してか、こうした議論に対して、役所からは四の五のと反論がなされ、残念ながら政府提案の法案としては実現できなかった。
 
 一方、私の尊敬する塩崎恭久衆議院議員らが中心となって作られた国会原発事故調査委員会という、政府から独立した画期的な機関において、三条委員会としての原子力規制組織の設立が提言される方向であると報道されている。政府の案と国会の調査委員会の案と、与党の議員としてどちらを選択するか。原子力安全行政がJCO事故後の10年間と同じような末路を辿らないためにも、私は国会議員として何が正しい道か、悔いの残らないような選択をしていかなければならないと考えている。

下妻の伝統芸能祭

下妻市で昨日伝統芸能祭が開催されました。下妻市は、市内の各地域でお囃子をはじめとする伝統芸能が伝承されていて、毎年夏祭りになると一堂に会して華やかに披露されます。ところが、昨年は東日本大震災の影響で夏祭りが中止となってしまいました。下妻市は、お祭りになると血が騒ぐ人の多いまちです。なんとか地元の復興の象徴にならないかと思い、市内のお囃子を束ねている私の大事な支援者に相談し、文部科学省文化庁にも掛け合って補助金をいただいてきて実施されたのが、この伝統芸能祭です。

当日は、これまた多才な私の支援者の方が、私たちの故郷の象徴である筑波山と砂沼の水際をイメージした見事なステージセットを作成され、応援に来ていただいた近県の名だたるグループのパフォーマンスも交えたお祭りが開催されました。会場は超満員で大変な熱気に溢れていて、お祭り好きの下妻市民の復興への心意気を感じました。日本の原風景を再現したステージセットをバックに、お年寄りから子どもまでが息を合わせてリズミカルに演奏するお囃子を聞いていると、なんだか懐かしくて温かい不思議な気持ちが湧き起ってきます。かつて訪れたバリ島のウブドや、タイやベトナムなどの東南アジアの少数民族の村に来たような錯覚にも陥りました。日本人は、やはりアジア・モンスーン地帯の民族なのです。

お囃子というのは、それを伝承していくお年寄りから子どもまでの地域のコミュニティがしっかりと守られていて、自然と共存しながら生業を営み、そこから得られる恵みに感謝し、神仏を崇め奉る、利己ではなく利他の精神、まさに東日本大震災で確認された「美しい日本人の暮らしぶり」があってこそ、引き継がれていくものです。よく政治は国民の生命と財産を守ることが役割だと安っぽく語られますが、私はそれよりももっと大切なもの、すなわち長い歴史と伝統に培われた美徳や価値を守る政治家でありたいと思っております。今回のお祭りを通じて、下妻の皆さんが、改めて美しい故郷を再認識して、復興に向けて頑張ろうという気持ちになっていただけたらいいな、と思います。実行委員会の皆さん、お疲れ様でした。

今年は初志に立ち還る

新年明けましておめでとうございます。

各地各団体で開催される新年会では、昨年の3.11東日本大震災を振り返るあいさつが続きます。辰年の今年こそ、明るい年にしたいものです。

今年は台湾の総統選挙に続いて、韓国、中国、米国などで指導者が変わる年です。中東では昨年の「アラブの春」以降の次の時代がどのようになるのか不透明な情勢です。何より欧州では、年明け早々に対円のユーロレートが100円を切ったことに象徴されるように、経済危機、欧州統合崩壊の足音が聞こえてきております。後の世界史において、2012年は「西欧近代文明転換の年」と刻まれるような年になるかもしれないという予感もいたします。

そんな世界の荒波を我が国が乗り越えていくために、今年こそ政治の決断が必要な年はないでしょう。ちょうど10年前の今頃、私は小泉総理の内閣官房のスタッフとして、構造改革特区制度の立案のために夜を徹して仕事をしていました。バブル崩壊後の長引く経済の低迷、少子高齢化社会を迎えた閉塞感の中で、日本の国際的な地位は年々低下しているにもかかわらず、当時の自民党政権は戦後の繁栄にうつつを抜かし、官僚任せで何も決断できませんでした。そうした中で「改革なくして成長なし」「古い自民党政治をぶっ壊す」というキャッチフレーズで誕生した小泉政権は、日本の政治と社会を変えるのではないかという大いなる期待感を持たせ、お仕えする私たち官僚も寝食を惜しんで仕事をさせていただいたものです。

しかし、そうした小泉政権でも、構造改革特別区域法案を策定、成立する過程で、最後は官僚機構の「やったふり」「骨抜き」が相次いで羊頭狗肉のものとなり、そうした状況を私たちが報告したことに対して、小泉総理は見て見ぬふりをするだけでした。大きな失望感を持った私は、当時のボスの鴻池担当大臣に「こんなごまかしの政治では国は滅びる。自ら政治家になって古い自民党政治をぶっ壊します」と訴え、霞が関から飛び出しました。「あのときの福島の眼つき尋常ではなかった」と一昨年の私の東京のパーティーで鴻池大臣は語っておられました。

しかし、私の地元の世襲議員の保守地盤は強くて、連続して2回衆議院選挙に敗れ、さまざまなものを失い、6年間の浪人生活を送りました。選挙区内を一軒一軒訪ねて歩く中で、かけがえのないことを多く学ばせていただきました。苦しい浪人生活を耐えることができたのはただ一つ。官僚任せで何も決断しない古い政治を政権交代で変えることこそが、さまざまな困難を抱えるこの国の歴史を前進させることにつながると純粋に信じ、自らの人生をそこに賭ける決意を固めていたからです。

そして、いよいよ2009年の総選挙でのその政権交代の実現。颯爽と登場し、国会やメディアで筋道だった主張をする鳩山内閣の閣僚や政務三役は、「なるほどこれまでの自民党の政治家とは違う」と思わせたものでした。私は、あの選挙で掲げていたマニフェストの多くの項目は、プロの政策マンとしての立場からみても理論的に実行可能である、と今でも確信しております。ただし、それまでの前例にとらわれない斬新な政策をやりとげるには、政治の強い意志と、国会で法案を通して行く粘り強い調整能力・政治力が必要となります。つまり、統治機構の仕組みそのものを変えることをやらなくては、これまでとは違う新しい政策は実現することができないのです。

ところが、鳩山内閣が沖縄問題でつまづき、菅政権下で参議院選挙に敗北してねじれ国会となると、私たちの政権は統治機構の仕組みそのものを変えるという政権交代の本質をあきらめ、これまでどおりに官僚機構に統治を委ねるようになってしまいました。その結果、マニフェストは相次いで放棄され、政策の中身も、政権運営のやり方も、古臭い自民党政権そのもののものに堕落してしまいました。今や、日本の苦境を救うための政権交代から、自らの権力を維持するため政権交代へと決定的に変質してしまったのです。

私はこの間一貫して、日本に新しい政治の仕組みを作り上げなければならない、という信念を忘れたことはありませんし、選挙前に皆さんとお約束したことを守ろうとして行動してきたつもりです。しかし、そうした信念を貫けば貫くほど、なぜか党内の主流派からは離れていってしまいました。私は今の民主党政権のあり様をみると、自分が何のために安定した官僚の地位を捨て、6年間の苦労を経て政治家になったのか、その立脚点がわからなくなってしまうような思いに駆られます。「一体あの政権交代は何だったのか。」この思いは、多くの国民の皆さんにも共通するものなのではないでしょうか。私は自らの信念が間違えているとは今でも思っておりません。これまで2年間の自らの行動にも恥じるところはなんらありません。でも、今の政治の状況は、必ずしも自らの政治への志を満たすものではありません。

今年は解散総選挙も噂される年です。日本の政治の将来にとって大事な大政局の年となることでしょう。そうした政治の年に、私は初志に立ち還り、水戸っぽとしての信念貫いて行動してまいる所存ですので、どうかご指導ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

消費税増税をめぐって野田総理と激論

 今年も大晦日がやってきてしまいました。そんな年の瀬に、民主党内では消費税増税をめぐって激論が交わされていました。私は間近に迫る選挙に向けて地元にご挨拶回りにお伺いすることにしておりましたが、事態が切迫しているということで連日上京し、特に今週は連日7,8時間にわたる大激論を交わしてまいりました。

 私の消費税増税に関する立場は、「いずれ消費税増税は国民にお願いしなければならない。その際には持続可能な年金制度、医療保険制度等社会保障制度の抜本改革案を示したうえで、適切な経済環境の時を見計らって、国民に信を問うた上で実施するべき」というものです。こうした立場に照らしてみて私は、今回の消費税増税案は、自民党時代に決定した基礎年金の国庫負担を3分の1から2分の1へ引き上げたことに対する財源手当てなどが中心であり、社会保障制度の抜本改革の財源とはなっていないこと(さらなる増税が必要)、そして何よりもこれまでの民主党の政権運営の結果に照らして国民の信頼を得られる環境にないことから、慎重な立場に立ってまいりました。しかし、とりわけ基礎年金に対する国の負担を上げながらその担保となる増税を行ってこなかった自民党時代のツケを先延ばしにするのはそろそろ限界にきているということも事実であり、この点も冷静に考えなければなりません。

 一昨日はインドから朝に帰国したばかりの野田総理が民主党税制調査会に乗り込んできて、最終的な取りまとめに向けた議論が日付が変わるころまで繰り広げられました。私もこうした認識を踏まえて、何度も野田総理と激論を交わしました。私が主張した点は下記のことです。
1.何よりも諸費税増税をするためには国民の信任が必要である。八ツ場ダムの中止撤回を象徴として、民主党はミニフェストで約束したことを何一つやらない「嘘つき集団」とみなされている。これまでの政権運営の体たらくでは、国民の理解は到底得られない。
2.たとえ党として決められたとしても、国会を通らなければ意味がない。衆参ねじれの状況で、公務員給与の引き下げ法案や国会議員の定数削減法案すら通せない中で、消費税増税法案が通る見込みはない。
3.こうした苦境の中で、消費税増税を押し通すのであれば、党内が一丸になることが大前提である。しかし、10人以上の離党者が出てきて、それに対する執行部の対応が冷淡な中で、党がまとまれるような状況ではない。強行をすれば、党が割れることは必至である。
4.以上のことから、総理は解散で民意を問う決意を持って対応すべきである。

 私は、総理が解散して民主党政権の存続を賭けて民意を問う覚悟を持って消費税増税に立ち向かうのであれば、土壇場で総理を支える立場になろうと心に決めていました。しかし、野田総理から返ってくるのは、「私の役割は、一人でも多くの皆さんを次の選挙で勝たせること」という根拠のない精神論と、政策論では財務省そのものの官僚答弁の羅列でしたので、野田総理の下では消費税増税の実現は無理であると判断し、反対論に立つことを決めました。

 途中山田正彦前農相が「これ以上議論しても意味がない」と退席するなど険悪な雰囲気となり、決裂寸前となりました。私も退席しようかと迷いましたが、総理が出席しての歴史的議論をもう少し続けてみようと思い、踏みとどまりました。私の2.のような議論も踏まえて、川内博史議員らが野党との協議成立が条件であると提案を行い、「与野党協議を踏まえ、法案化を行う」との文言が追加されました。さらに、私自ら、「議院定数削減、公務員人件費削減を「実現した後」でなければ、消費税増税を国民にお願いする資格はない」と発言し、増税容認派の立場からも、元経産省の同僚で共に橋本内閣の行政改革に携わった後藤祐一議員がこれを支持する発言をしてくれて、議論を一時中断して文言を調整することとなりました。当初の原案では「衆議院議員定数を80削減する法案等を早期に国会に提出し、成立を図る」という一節があり、一読するともっとものようですが、先ほどの2.の論点でもあったとおり、ねじれ国会の下では民主党が「成立を図」ったとしても、成立の見込みはあまりまりません。この文言では、国会議員や公務員が身を切るという本気が示されていないのです。後藤議員が文言の最終調整に頑張ってくれて、取りまとめ文の冒頭に「私たち政治家が、議員定数削減や公務員総人件費削減など自ら身を切る改革を実施した上で、税制抜本改革による消費税引き上げを実施すべき」という文言が追加され、この趣旨を閣議決定するとの約束がなされ、最後ギリギリのところでとりまとめが実現しました。

 私は、
1.与野党協議を踏まえて法案化
2.議員定数削減、公務員総人件費削減の実施後の税制抜本改革
の二つの要件は極めて重いものと考えます。さっそく増税推進派の執行部からは、この二つは増税の前提ではない旨の発言はなされていますが、これは財務省の振り付けによるものでしょう。これらの条件が無視されるのであれば、私は信念を貫いてしかるべく行動をとる決意です。

 3.11の東日本大震災に見舞われた平成23年は大きく歴史に刻まれる年となりました。来年以降の世界の状況を予測すれば、後世に歴史の転換点と記される年となるかもしれません。これまでご紹介してきた民主党税調の議論を見てみても、来年は必ずや大きな政治の変革が訪れる年ともなるでしょう。そんなときに政治家であることは、政治家冥利に尽きます。来年来るであろう歴史的転換点に、しっかりとした理念と信念を持って行動できるよう年末年始は英気を養ってまいります。よいお年をお迎えください。       

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